最新.5-6『真剣勝負 再び』


自衛のチェーンソーと剣狼隊長の機械剣がぶつかり合ったのと同じ頃。

同僚「うぁぁぁッ!」

支援A「フーゥッ!まるでスクランブルだぁ!」

上昇する鉱石柱から飛び降りた同僚等は、飛び移った先の鉱石柱を利用し、地上に向けて滑り降りていた。

隊員C「いでッ!?」

同僚「だッ――ぶぺ!?」

地上への到達にはものの十数秒もかからず、同僚等は先の追加鉱石柱による埋め潰しを間逃れていた、比較的開けた場所へと着地。その際、受け身を取り致命傷は避けたものの、隊員Cは尻を打ち、同僚はバランスを崩して再び地面に顔を擦り付けた。

支援A「フゥッ!」

最後に降り立った支援Aだけは、その巨体に似合わぬ身軽さでかろやかに着地してみせた。

同僚「ぷぇ……クソ、こんなのばっかりだ!」

同僚は口許に着いた泥を拭いながら、渋い表情で愚痴を吐く。

隊員C「おい同僚、へばってんな!とっととこのトゲ林を抜けちまうぞ」

同僚「分かってる……行くぞ!」

隊員Cに急かされて同僚は起き上がる。そして彼女等は鉱石柱林の出口を目指して駆け出した。着地地点は出口に近い場所だったようで、少し進んだ所で鉱石柱の林は終わり、元の開けた場所へと抜けた。

同僚「隊員C、支援A、周囲を警戒しろ!」

林を抜けた所で、同僚は隊員Cと支援A指示を出し、自身も小銃を構えて付近を見渡す。

同僚「自衛と脅威存在はどこに……うぁッ!?」

その時、微かな地響きと同時に、開けた視界の向こうに、鉱石柱のシルエットが突き出るのが目に映った。鉱石柱は今までのように、多数が一斉に生えるのではなく、一本一本が一定の感覚を空けて、道筋を描くように生え連なってゆく。

隊員C「おい見ろ、奴だ!」

隊員Cが、均等に並んだ鉱石柱群の上空を指し示して叫ぶ。そこに、鉱石柱の頭頂部を飛び移りながら、後方へ跳躍してゆく脅威存在の姿が見えた。

同僚「あれは、後退しているのか……自衛は!?」

隊員C「まさかぶった切られたかぁ?」

敵の姿だけが確認でき、自衛の姿が見当たらない事から、同僚等は自衛が脅威存在に撃退された可能性を疑い、顔に焦りの色を浮かべる。しかしその次の瞬間、ズダンと、まるで隕石でも落ちて来たかのような衝撃が同僚等の目の前で巻き起こった。

同僚「わぁ!?」

隊員C「ぼへッ!」

突然の衝撃と、巻き上がり降りかかる湿った土砂に、各々声を上げる同僚等。そんな彼等の前に現れたのは、他でもない自衛だった。

自衛「健在だ、残念だったな」

豪快な着地によって帰還した自衛は、隊員Cに向けて皮肉を発しながら、若干ひしゃげたチェーンソーを担ぎ直した。

隊員C「べっ……あぁ、まったくだ。程よくスライスされてスマートになった方が良かったんじゃねぇの?でぇ、奴は逃げてったみてぇだが?」

自衛「少しビビらせて、調子を狂わせた。どうやら体制を立て直しに後退したらしい」

隊員C「逆を言えば、そう長くねぇ内に立て直して、戻って来る可能性大って事だろ?」

隊員Cは剣狼隊長が後退していった方向を顎でしゃくりながら言う。

自衛「そんな隙はやらねぇ。追いかけて、立て直す前にさらに殴ってガタガタにするんだ」

隊員C「一々簡単に言ってくれる……」

自衛の発案に、隊員Cはウンザリした表情を浮かべる。

支援A「ヘイ、なんか見えるぜ!」

その時、支援Aが声を上げた。

隊員C「あ?」

隊員Cは暗視眼鏡で、支援Aが指し示した方角を確認する。すると夜空を背景に、跳躍しながらこちらへと迫る複数の敵影が見えた。

隊員C「チッ、取り巻き共だ!ノミみたいにピョンピョン跳ねながらこっちへ向かって来やがる!」

同僚「目的はなんだ……彼女の救援か、それとも観測壕への再攻撃か……?」

同じく暗視眼鏡を覗く同僚が、敵の目的を推察しながら呟く。

自衛「なんにせよ、跳ね返さねぇとなんねぇ。二手に分かれるぞ。隊員C、支援A、お前ぇ等はこの辺に陣取って、奴らを迎え撃て」

隊員C「いや待てや、カンベンしろよ!何押し付けさらしてくれてんだ!」

自衛の指示に、隊員Cは目を暗視眼鏡から外して見開き、抗議の声を上げた。

自衛「じゃあ、逆がいいか?俺がここで奴らと遊んで、お前らがゲリ女を追っかけて潰す」

隊員C「……あー、分かった分かった。ここで奴らの足を引っかけりゃいいんだろ……」

自衛に提示された二つの案を天秤にかけ、隊員Cは非常に面倒くさそうな表情で、この場での足止めを承諾する。

同僚「……つまり私とお前だけで、脅威存在の彼女と戦わなきゃならないのか……」

そして傍らで会話を聞いていた同僚が、気が重そうにつぶやいた。

隊員C「所でよぉ、もしこっちの取り巻き連中の方に、やべぇのが混じってた時はどうしてくれんだ?」

自衛「そんときゃしゃあねぇ、お前らは逃げろ。細かい判断は任せるが、とにかくやべぇに真正面からぶつかるのは避けろ」

隊員C「あぁ、言われなくても、そうさせてもらわぁ」

隊員Cは吐き捨てるように言った。

自衛「同僚、行くぞ」

同僚「はぁ……分かったよ」

隊員Cに指示を伝えると、自衛は同僚を連れて、北へと逃げた驚異存在を追いかけていった。

隊員C「さぁて、急ぐぞ支援A」

支援A「へいよぉ」

それを見送った隊員Cと支援Aは、傭兵を迎え撃つため、少し行った所にある岩場へと駆け込んだ。
 周辺は剥き出しの岩が連なり、背後は小さな崖となっている。大きな岩の一つを乗り越えてその岩の反対側の影に身を隠すと、隊員Cと支援Aはまず、小銃の弾倉入れの連なるサスペンダーや雑嚢、無反動砲の予備弾の入った背嚢等、かさばる物を全て降ろし、地面にひっくり返した。荷物を降ろすと、隊員Cはまず自分の小銃へ弾を装填し直す。続いて84o無反動砲にも砲弾を装填して、遮蔽物とした大きな岩に立てかけておく。弾は、降ろした弾倉の中から必要最低限の数だけを取って弾帯に着け直し、残りの弾倉と無反動砲弾はすぐに取れるようにして地面に並べておく。
 そこまで終えると、隊員Cは雑嚢を開いて中身を漁りだした。そこから出て来たのは、スタンガンや催涙スプレー、警棒型懐中電灯等の防犯用品の類だった。これらは正式な装備ではなく、隊員Cが私物として密かに隠し持っていたものだ。そして当然のことながら、これ等の危険物を隊内に持ち込む行為は、本来禁止されていた。

支援A「ウェヒヒ!ビビりの持ち物ラインナップだなぁ」

隊員C「やかましい!お前も使えそうなモンあったら出しとけ!」

支援Aのからかう声を一喝しつつ、隊員Cは取り出した各種物品をポケットや弾帯を利用して身に着けていく。

隊員C「はぁ、こんなモンだろ。支援A、お前は?」

支援A「あらまかオーケーだぜぇ」

支援AはMINIMI軽機をバシバシと叩きながら、ウヒヒと笑う。隊員Cは支援Aの準備が整っている事を確認すると、暗視眼鏡を構えて先を覗く。人間離れした跳躍を続ける傭兵隊は、隊員C等の隠れる岩場のすぐ近くまで迫っていた。

隊員C「数は一個分隊とちょいぐれぇか――よぉし支援A、お前はとりあえず奴らに向けて軽機をぶっ放してろ、細かくばらけた奴は俺が殺る」

言うと隊員Cは暗視眼鏡を降ろし、自分の小銃を手繰り寄せて構える。

隊員C「よぉし、ぶっぱなせ!」

支援A「イェーーーッ!!」

隊員Cの合図で、支援AがMINIMIの引き金を絞り、戦端が開いた。
 銃撃を受けた傭兵達は、跳躍を止めて地上へと降りる。そして身を低くし、地面を這うように走り、こちらへと迫って来た。

隊員C「飛ぶのを止めたな、地面を這うように来やがる!左右にばら撒け!」

支援A「大放出だぁッ!フゥーッ!」



同僚「大丈夫なのかあいつら……」

背後で発砲音が響き出し、劔は後ろを振り返りながら呟く。

自衛「お前ぇは自分の心配してろ」

自衛と同僚は脅威存在の剣狼隊長を追いかけ、彼女が逃走のために生成した、等間隔で連なり生える鉱石柱を辿っていた。
 しばらく辿って行った所で、鉱石柱は途絶え、遮蔽物の少ない開けた空間がまた広がっていた。

同僚「「ここで終わってる……」

自衛「柱でキャッキャすんのは飽きたみてぇだな」

開けた場所へと出た二人は、警戒しながら周囲を見渡す。周辺は静かで目立った物もなく、控えめな雨音だけが響いていた。

自衛「――!」

同僚「うわッ!」

しかし次の瞬間、唐突な地鳴りと揺れが二人を襲う。そして湿った土を巻き上げながら、地表から次々と鉱石柱が姿を現した。鉱石柱は先程の剣山のような密集隊形ではなく、等間隔で二人の周囲を囲うように生えそろってゆく。

同僚「柱が……周りを!」

自衛「趣味の悪ぃスタジアムだな。第一俺は、スポーツ全般が好きじゃねぇんだ」

この異様な状況にもかかわらず、淡々と言いながら、自衛は信号けん銃を取り出して、照明弾を打ち上げる。

同僚「この状況で何を悠長に――おい、前方ッ!」

自衛の発言を咎めようとした同僚だったが、その刹那、彼女の目が鉱石柱の一つに人影を見止める。

自衛「お出ましか」

自衛は皮肉気な口調で呟きながら、劔が指し示した鉱石柱へと視線を向ける。鉱石柱の頭頂部に、脅威対象剣狼隊長の姿があった。

剣狼隊長「まったく、品の無い小手を使ってくれた……」

眼下の敵を睨みつけながら、剣狼隊長は不愉快そうに呟く。

剣狼隊長「不快なだけでなく、毒を持つ害虫となれば、もはや潰す事に遠慮等いらないな!」

凛とした声に怒気を混ぜて吐き捨てると、彼女は鉱石柱の頭頂部から飛び立つ。そして肩に構えていた愛用の大剣を、空中で大きく振るった。

自衛「同僚、横に飛べッ!」

同僚「ッ!?」

自衛が怒号を上げ、二人はそれぞれ左右に飛ぶ。
 その次の瞬間、今まで立っていた場所を凄まじい衝撃が襲い、湿った土砂が周囲に巻き上がった。

同僚「ゴホッ……なッ!」

退避した先で体を起こした同僚は、目に入った光景に言葉を詰まらせる。先ほどまで自分等が立っていた地面には、直径10m近くに達する巨大な亀裂ができていた。

同僚「彼女の仕業なのか……剣を振るっただけでこんなに……!」

目の前の亀裂に視線を落とし、冷や汗を垂らす同僚。

自衛「逐一面倒なやつだ」

一方の自衛は、停止していたチェーンソーを再起動させながら、剣狼隊長の姿を探して視線を動かす。そして先と反対側の鉱石柱に、動く物体を捉えた。
 剣狼隊長は斬撃を放った直後に、その反動を利用して大きく跳躍していた。跳躍先の鉱石柱の側面へ足を着けると同時に、剣狼隊長は素早く詠唱を始める。

剣狼隊長「鋼よ、鎚の雨となりて、愚者を大地に打ち付けよッ!」

すると彼女の周辺に、鉱石でできた巨大な杭のような物がいくつも現れる。そして鉱石の杭は、眼下の敵に向けて一斉に突き進みだした。

同僚「また何か来る――うわ、クソォッ!」

同僚が叫び切る前に、鉱石の杭の群れは、自衛等の周囲に次々と落ちて土砂を巻き上げる。砲弾と同じサイズの鉱石が襲い来る様は、まさに砲撃のそれであった。

同僚「これも鉱石か……?こんな――」

困惑の声を漏らしかけた同僚だったが、続けて迫る脅威がそんな暇すら与えなかった。自衛等の直上に、目と鼻の先まで迫る剣狼隊長の姿があった。鉱石による攻撃は目眩ましであり、本命は彼女自身による斬撃だ。

剣狼隊長「はぁぁッ!」

落下するように自衛の直上まで肉薄した彼女は、中空で振りかぶった大剣を、自衛目がけて斜めに薙いだ。

自衛「危ねぇ」

命中すれば自衛の体を真っ二つに切り裂いただろう。だが、自衛は上半身を捻りながら反り、剣狼隊長の薙いだ大剣を、紙一重で回避した。

剣狼隊長「ッ!」

奇襲による一撃を回避され、眉間に微かな皺を寄せる剣狼隊長。内心で舌打ちをしながら、彼女はすぐさま、薙いだ大剣を一秒にも満たない速度で持ち直し、再び大剣を自衛に向けて振り下ろす。対する自衛は、上半身を反った体制から復帰させながら、チェーンソーを繰り出し、斜めに振り上げる。

自衛「っとぉ」

剣狼隊長「ッ!くぅぅッ!」

チェーンソーと機械剣が再び衝突。浅い角度でぶつかり合った互いの刃は、滑り、金切り音を立てて火花を上げた。

剣狼隊長「どこまでも小賢しい害虫め……ッ!」

自衛「余裕がねぇな。ゲリ便呼ばわりされて悔しかったか?」

自衛は鍔競り合いの最中に剣狼隊長を挑発。醜い口から発せられる品に欠ける煽り文句が、剣狼隊長の不快感を増長させる。

剣狼隊長「くッ……はぁッ!」

剣狼隊長は大剣に力を込め、チェーンソーを跳ね除ける。そして反動を利用して後ろへと飛び、自衛から距離を取って着地した。

同僚「はッ!?くッ――!」

劔は唐突に発生した白兵戦に目を奪われていたが、一瞬動きを止めた剣狼隊長に気付き、彼女に向けて小銃を構えて発砲する。しかし撃ち放たれた弾は、空しくもすべて剣狼隊長の大剣に跳ね返された。

剣狼隊長「岩よ、鋼よ、鏃となりて牙を向け!」

そして剣狼隊長は素早く詠唱。お返しといわんばかりに鉱石の針を放った。

同僚「ひぁっ!?」

自衛「うぜぇ」

同僚は慌てて横へ飛び退き、自衛はチェーンソーを適当に振るって、鉱石針を払いのける。

同僚「ぷぁっ……クソ、彼女が消えた!」

二人が襲い来る鉱石柱の撃退に追われている間に、剣狼隊長は姿を晦ましていた。

自衛「どこ行きやがった」

自衛は姿を消した剣狼隊長を捜索し、視線を周囲に走らせる。

同僚「――ッ!あっちだぁッ!」

その時、自衛とは別方向を見上げながら同僚が叫び声を上げる。

自衛(あっちじゃわかんねぇよ)

慌てた同僚の明瞭ではない伝達を、内心で呆れながら、同僚の視線を追う。同僚の視線の先に、連なり生える鉱石柱の側面を、壁でも走るような動きで伝う剣狼隊長の姿があった。そして剣狼隊長は鉱石柱を伝いながら大剣を振るい、刃付きのブーメランを放つ。放たれた三枚のブーメランは分散し、それぞれの方向から二人へと襲い掛かった。

同僚「うわッ!ひッ!」

自衛「飽きねぇな」

それぞれ違う高さとタイミングで襲って来たブーメランを、同僚は飛び跳ね身を屈めて回避、自衛は二つを身をよじって回避し、一枚をチェーンソーで弾き返した。
 ブーメランの襲撃をやりすごした自衛だが、彼の斜め後ろの宙空に、剣狼隊長の姿があった。二人の注意がブーメランに向いている間に、剣狼隊長は死角を突いてまるで瞬間移動の如き速さで接近。自衛の背後を取り、その背中目がけて大剣を振り下ろした。
 金切り音が響く。
 自衛は半身を捻りながら、背後に向けてチェーンソーを振り上げ、振り下ろされた大剣を、浅い角度で掬い上げるように受け止めた。両者の刃が交差して滑り、またも火花を上げる。自衛はチェーンソーをそのまま真上まで振り上げ、大剣の剣先を明後日の方向に逃がすように撥ね退ける。剣狼隊長は忌々し気な表情を浮かべたが、しかし跳ね除けられた勢いに逆らわずに、勢いを利用してそのまま後方宙空へ飛び、一回転して着地した。

同僚「ッ、クソ!」

自衛との白兵距離から離れた剣狼隊長に向けて、同僚は再び小銃を向けて発砲。隙を与えないために、今度はフルオートで弾をばら撒き続ける。しかし剣狼隊長は大剣で悠々と弾を跳ね除けながら、背後へ大きく跳躍。照明弾の光の弱まりだした夜空へと、またも姿を消した。

自衛「近づいては離れ行きやがる。ヤツのほうがよっぽど害虫みてぇだ」

同僚「どうしたらいいんだ!弾が掠りもしない!」

自衛「喚くな。チャンスを待て」

焦る同僚を宥めつつ、自衛は姿を消した剣狼隊長の捜索をする。

一方、剣狼隊長は鉱石柱を利用して上空を飛び交いながら、二人の様子を観察していた。

剣狼隊長(やはり……あの醜悪な見た目の者、機械剣の扱いにかなり気を使っている)

自衛が扱うチェーンソーはあくまで民生の作業道具に過ぎず、剣狼隊長の人間離れした腕力で振るわれる、とてつもない重量の大剣を、真正面から受け止められる程の強度は無い。自衛は、剣狼隊長の大剣を最良の角度で受け止め、威力を殺して逃がす事により、チェーンソーによる大剣とのぶつかり合いを実現していた。

剣狼隊長(あの機械剣は見た目の凶悪さに反して、強度はそこまで高くはない――ふっ、所詮は害虫の哀れな背伸びか!)

チェーンソーの脆弱さを確信した剣狼隊長は、鉱石柱の一つに足を着け、眼下の敵を睨む。

剣狼隊長「鋼よ、鎚の雨となりて、愚者を大地に打ち付けよッ!」

牽制のため、魔法詠唱により再び鉱石の杭を生成し、地上に向けて放つ。そして間を置いた後に、鉱石柱を足場に踏み切り、自身の体を空中へと撃ち出した。

同僚「ッ、また杭だぁッ!」

自衛「よく見て避けろ!」

地上の自衛等の注意は、襲い掛かって来た鉱石杭の回避のために、わずか一瞬であるが上空より反れる。その隙を突き、剣狼隊長は再び自衛等の直上へと肉薄。自衛の目と鼻の先へと飛び込んだ剣狼隊長は、自衛目がけて肩に担いだ大剣を振り降ろす。

自衛「チッ」

それに気づいた自衛も、ほぼ同時にチェーンソーを繰り出す。チェーンソーは、大剣と浅い角度で交じるための軌道で振り上げられる。その動作は、剣狼隊長の予測した通りだった。

剣狼隊長「貴様の浅はかな抵抗は――もう通用せんッ!」

剣狼隊長は互いの得物が触れ合う直前で、手首を捻じり、大剣の進入角度を変えた。遠心力に引っ張られる大剣の向きを、片手の力だけで一瞬で変えるという、剣狼隊長の腕力と動体視力だからこそできる力技だ。
 大剣はその破壊力の全てをぶつけられる角度で、チェーンソーへと叩き付けられた。チェーンソーのソーチェンは切れ、ソーチェンを巻き付けていたガイドバーは、一瞬ひしゃげた後に、千切れるように切断される。
 そして大剣はそのまま切り裂くべく、目がけて鼻先まで迫る。

剣狼隊長「さぁ、私の前に亡骸を晒せッ!」

もはや大剣を阻害する手立てもなく、剣狼隊長は目の前の醜悪な敵が、無残な亡骸になり果てるであろうことを確信する。
 しかし――その直後、剣狼隊長を奇妙な現象が襲った。

剣狼隊長「ッ――!?」

敵を切り裂き、綺麗な弧の軌道を描くはずの大剣は突如、主の意思に反して急停止。柄を掴んだままの彼女の体は、宙空に持ち上げられる形となる。

剣狼隊長「――な――」

そして彼女は自身の目に、信じられないものを見た。目の前の醜悪な存在を切り裂くはずの大剣が、その醜悪な存在によって止められていた。
 それも、素手で。
 正しくは彼女の大剣は、自衛の人差し指と親指につままれ、自衛を切り裂く一歩手前で、その凶悪なまでの運動エネルギーを完全に殺されていた。

自衛「おぉ、あぶねぇ」

状況に反して、自衛は微塵も緊張感の感じられない口調で呟いた。

剣狼隊長(バカ、な――)

大剣の重量は半端なものではなく、並みの人間はもちろん、彼女の配下の屈強な傭兵達ですら、一人では満足に持ち上げる事もできない代物だ。まして、剣狼隊長の超人的な腕力によって扱われるそれが、指先だけで封じ込められるなど、ありえないはずの事だった。
 しかし彼女の目の前の存在は、それを悠々と成し遂げていた。 想定外の事態に、剣狼隊長の状況判断はほんのわずかに遅れる。
 そして次の瞬間、彼女の視界は大きく揺れた。

剣狼隊長「――!?――ごェッ!?」

気付いた時には、剣狼隊長の体は凄まじい勢いで地面に叩き付けられていた。自衛が大剣ごと彼女を振り飛ばしたのだ。
 わずか一瞬の隙を突かれ、自覚のないままに投げ飛ばされた剣狼隊長。どれだけの速度で吹きとばされたのか、彼女の半身は地面にめり込んでいた。

剣狼隊長「ぁ、こぉ……!ご、か……ぁ!」

受け身を取る事もままならず、彼女の全身は凄まじいダメージを負った。体中に走る鈍痛は呼吸を困難にし、彼女の口からは、咳とも嘔吐きとも呼吸音ともつかない音が漏れ出している。少し前までの優雅に空を舞っていた姿から一転、土砂に塗れて、歪に手足を動かす剣狼隊長は、まるで死に際の虫のようだった。

自衛「ふざけた奴だったな」

剣狼隊長への注意を保ちつつ、自衛は手元の巨大な得物へと視線を向ける。彼女から奪い取った、というより結果的に奪い取れた大剣を、まるで爪楊枝のように指先で弄くりながら観察する。

自衛「どうやら、摩訶不思議な能力の付いた、ふざけたモンじゃねぇみてぇだな」

異常性が無い物だと確認すると、自衛は一言吐き捨てた。

同僚「んな………」

一方その側で、一連の流れに目を丸くして、立ち尽くしていた劔。

同僚「お前……無茶苦茶すぎるだろッ!っていうか、そういう事できるんなら最初からやれよ!」

彼女は自衛が剣狼隊長を撃退した事実を理解すると、驚愕と呆れがない交ぜになった形容し難い表情で口を開いた。

自衛「得体の知れねぇ武器に、直に触れたくなかったんでな。ただの鋼だったみてぇだが」

言いながら大剣を放り投げる自衛。重々しい音を立てて落下した大剣は、その瞬間に自衛がつまんでいた部分から亀裂が走り、真っ二つに折れてしまった。そしてその重さによって、湿った地面に深く沈み込んで行った。

同僚「うわッ!?こ、この剣何キロ……いや何十、何百キロあるんだ……?それをお前……」

真っ二つになった大剣と自衛を交互に見ながら、同僚は。

自衛「どうでもいい、それよりヤツだ」

同僚「ッ――そうだ!」

自衛の言葉に同僚は身を翻し、小銃を構えて剣狼隊長へと駆け寄る。
 未だ、苦悶の表情を浮かべて地面を這う満身創痍の剣狼隊長。しかし彼女は敵の接近を察すると、顔を起こして同僚を睨みつけた。

同僚「ッ……!君、抵抗するな!」

剣狼隊長の鋭い眼光に一瞬たじろいだ同僚だが、負けじと声を張り上げ、剣狼隊長を確保拘束するべく、銃口を向けながら彼女の体へと近寄ろうとする。
 だが、その時だった。

剣狼A「隊長に近づくなぁーーーッ!」

同僚「は!?」

突如、叫び声と共に何者かが上空より襲来した。現れた人影の手には巨大な戦斧が握られ、それが同僚に向かって振り下ろされた。

同僚「うっわッ!?」

同僚は咄嗟に回避行動を取り、かろうじて戦斧を回避する。しかし地面へと振り下ろされた戦斧は凄まじい衝撃を産み、不安定な体勢の劔を吹き飛ばした。

同僚「ひ――ふぉごッ!? 」

巻き上げられた土砂と共に吹き飛ばされ劔は、地面に体を打ち付け、濁った悲鳴を上げた。

自衛「あぁ、今度はなんだぁ?」

一段落ついたと思っていた所への襲撃に、自衛は苛立ち混じりの声を漏らす。

剣狼C「剣狼B!一人で突っ込むなよ!」

剣狼A「皆、隊長の周りを固めるんだ!」

襲撃者は戦斧持ちの人影だけに留まらなかった。上空より複数の人影が次々に現れ、地上に倒れる剣狼隊長の周囲を囲うように降り立ってゆく。人影はいずれも皆、剣狼隊長と同じ黒いレザースーツのような服を纏っている。顔立ちは誰も幼さを残し、動きは俊敏で活力に満ちていた。

剣狼隊長「お前達……!」

現れたのは、剣狼隊長の配下の若手の傭兵達だった。先の戦斧の襲撃者を含む傭兵達は、剣狼隊長の盾となるように立ち並び、一斉に武器を構えて自衛を睨む。

剣狼A「我等!月歌狼の傭兵団、剣狼隊!そして剣狼隊長様の猟犬!」

剣狼B「我らは主の盾であり牙!主を守り、そして獲物の喉元に食らいつく!」

剣狼C「俺達猟犬に喧嘩を売った事、後悔させてやるぜ!」

若い傭兵達は、それぞれの武器の切っ先を自衛に向けると、まるで演劇の舞台に立った役者のように、声高らかに言い放った。

自衛「おい、なんか妙な茶番共が出て来たぞ」

現れた傭兵達の立ち振る舞いに、自衛は訝し気な表情を作り呟く。

同僚「ごほッ……じ、自衛……手を貸してくれ……!」

一方、自衛の足元には、地面に打ち付けられたダメージでダウンし、這いつくばって来た同僚の姿。

自衛「あっちもこっちもクソみてぇなのしかいねぇ」

双方を一瞥した後に、自衛は顔を顰めて吐き捨てた。

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